Ambiguity tolerance – 何か分からないことを許容する

令和になりました。

連休で時間ができたので、久しぶりにブログを書きます。

まとまった時間ができると、いろんなことを考えるわけですが、かつてロンドンで働いていたころに聞いた言葉を、夜中にふと思い出しました。

ambiguity tolerance

“ambiguity”は、「あいまいさ」とか「複数の意味があること」という意味ですが、英英辞典にはさらに、「たくさんの異なる側面を内包しているため、理解したり説明することが難しい状態」という解説があります。

“tolerance”は、「寛容」とか「忍耐」の意味ですが、これも英英辞典に、「自分が同意しない、あるいは好きではないことを、誰かが行うことを許容すること」とあります。

まとめると、いろんな側面があって多様な解釈ができる事柄を、仮に自分の価値観とは合わなくとも、許容すること。

私は金融に携わっていましたが、ロンドン市場はいろんな国のリスクを許容する懐が深かったと思います。当然リスクは伴うのですが。

私が ambiguity tolerance という言葉を聞いたロンドンというところは、国際金融都市として長い歴史を持っています。イギリスは、日本より面積が小さな狭い島国ですから、歴史的に多くの国々との交易のなかで生きてきました。

つまり、自国とは異なる文化、風習、価値観をもった国や地域との関わりが、非常に多かったのです。自国の価値観では理解できない「なんか訳が分からないこと」でも、あえて受け入れて前に進む度量が必要だったのではないでしょうか。

でも、なぜ今この言葉を思い出したのか。

平成から令和に変わるこの長い連休にあって、テレビを始めとしたたくさんの報道に触れています。そのなかで、様々な出来事や事柄に対して、皆、何か一つのの意味付けをしようと必死なふうに映ります。

そして自分の価値観にそぐわない事柄を、徹底して排除してしまう。価値観が単一化していく社会は、息苦しいです。

日本も小さな島国。多くの国との関わりなしには生きていけないのです。