リスク (“risk”) の語源

本日も語源シリーズです。

“risk” というと一般には、「危険性」とか「恐れ」というふうに使われていますね。「リスクが大きそうだから、今はやめておこう」みたいな使い方です。この単語の語源、ご存じですか? 例によってジーニアス英和辞典の冒頭のあたりを見てみるとー

「絶壁の間を船で行く」が原義、と書いてあります。

なんかドラマティックな表現だと思いませんか。一般的な “risk” のネガティブなイメージとは違って、なんだか冒険心に満ちていると思いませんか。面白そうなので、英語語義語源辞典を見てみるとー

イタリア語 rischiare(run into danger) の名詞 risco(危険)がフランス語を経て英語に入った。一説では「船で絶壁の間を行く」という俗ラテン語 risicare に由来するとも。

なにやら面倒くさい説明ですが、要は「自ら危険を承知で踏み出す」感じではないでしょうか。

ではなぜ危険を冒して踏み出すのか、というと、その先に自分の見たいものや得たいものがあるからでしょう。何もないのに危険を冒すのは、単なる変人です。おそらく大部分の人は、何かが欲しいから危険を冒すのです。

断崖絶壁の間に見える海は洋々たる海原に続いていて、その先には自分の見たこともない世界がある。おそらく大航海時代に海を渡った人々は、絶壁の先にある海の、その先にある未知の国々を見てみたい、そこには自分の国にはない産物があってそれで利益を得たい、と考えたはずです。

私は長く金融の世界にいましたが、リスクというとやはり保険やデリバティブ(金融派生商品)でヘッジするものという感じが強く、要は回避する対象でした。しかし、金融の基本は、ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターンという通り、リスクを取らないところにリターン(利益)はありません。

海外金融当局による銀行規制の枠組みに、risk appetite という言葉があります。為替リスク、金利リスク、カントリーリスク云々。で、「おたくの銀行のリスクに対するアペタイト(食欲)は?」、つまりどれくらいリスクを食う(取る)つもりですか、その量のリスクをどうやって管理していきますか?ということです。

金融だけではなく、どんな業種でもリスクを取らないところに利益は生じない。いや産業界だけではなく、学問や研究であっても、人間関係であっても、みなそうです。一歩を踏み出さなければ、進展しません。(ただ、人として取るべきではない危険というものの各人なりの定義があるとは思います。)

金融の基本どおり、ノーリスクはノーリターンなのです。

たしかに危険なことはイヤですし、なんとかして回避したい。でも何をするにもリスクばかりを考えて、さらにはリスクを蛇蝎のごとく忌み嫌って、一歩も前に踏み出さない。100%クリアでないと、気が済まない。そんな社会はとても窮屈で暗いし、おそらく未来はないです。

リスクを乗り越えた先には、洋々たる海があります。


レスペクト (“respect”) の語源

さっそく語源のお話の続きを書きます。

好きな語源の一つに、”respect”(尊敬する)とうい単語があります。語源は何でしょうか?

ジーニアス英和辞典を見ると、「ふり返って(re)見る(spect)」「人としての価値を認める」が本義、と書いてあります。

テクニカルに言うと、respect という単語を分解し、re-という接頭辞に「再び」という意味、spectという語根に「見る」という意味がある(spectacles =眼鏡 とかもそうですね)、ということになりますが、ここで着目したいのは技術的なことではないです。

「尊敬する」という訳語だけとると、あまりに頻繁に使われているので、ありがた味がない感じですが、「人としての価値を認める」なんてといわれると、改めて素晴らしい言葉だと思うのです。

親を尊敬していますとか、歴史上偉大な業績を残した人物を尊敬しています、みたいな使い方が一般的ですよね。でも、respect は、自分が素晴らしいと思っている相手だけではなく、突き詰めると、自分以外の人に最低限持っておくべき感覚のように思うのです。

社会的に成功しているか否かにかかわらず、歳が自分より上か下かにかかわらず、男であるか女であるか性的マイノリティであるかにかかわらず、日本人か外国人かにかかわらず、です。

相手が何であれ、respect を持っていることが大事だと思います。

ここで一つ明確にしたいのは、「尊敬」という訳語だけみると、相手を肯定しさらに賞賛するイメージなのですが、私が思うのは、相手の「人としての価値を認める」という感覚です。

必ずしも相手を賞賛しなくても、好きにならなくてもいい。あえて言うと、肯定しなくてもよいと思います。しかし、「否定はしない」という感覚です。

世の中には、世界中には、いろいろな人がいます。そのなかで、自分が接する人のなかには、好きな人もいるでしょうが、そうでもない人もいるでしょう(多分好きじゃない人の方が多いのでは)。でも、好きではない相手に対して、その人を否定する態度をとると、それは相手に大変失礼でものあり、そのような態度が蔓延する社会はとても住みにくいものだと思います。

私は、英国に5年住みましたが、とても気分が楽で、住みやすいところです。その理由のコアにあるのは、他人が何をしようとも、ある意味「放っておいてくれる(好きにやらせてくれる)」感覚だと思っています。

イギリス人はよく礼儀正しいと言われますが、要は他人に接するときの respect の感覚が備わっているのだと思います。イギリス人に人格を否定されるような態度をとられた経験はないです。まぁ、尊敬されることもほとんどなかったですが(笑)。でも、respect は肯定とか賞賛である必要はなく、ただ相手の価値がこの世に存在することを許容する(tolerate)感覚だと思うのです。

ひるがえって日本はどうでしょうか? 私の経験ですが、自分より成功している人、自分より歳が上の人、自分が好きな人にはやさしくても、そうでない人にはとても否定的な態度をとる人が多いように思います。私にとって日本が住みにくい社会のように思えるのは、日本人には respect の感覚が一般に希薄だからではないかと思うのです。

日本がいつまでたってもインターナショナルに開けた市場になれないのは、言語の問題の前に、このあたりの感覚の問題があると思います。

相手に対する respect 無しでは、異文化コミュニケーションはできません。


語源

「読む」「聞く」のインプット作業と、「話す」「書く」のアウトプット作業を繰り返しながら、自分のなかに語彙が蓄積されていきます。語彙は英語力のコアを形成するものです。

この語彙を増やすためには、単語の「語源」を常に意識するということが、非常に有効です。

語源はその単語の起源(origin)であり、その単語のコア・イメージを表します。起源は、ラテン語であったり、ギリシャ語であったり、古英語であったりします。

例えば前回のブログで、英語学習で一番大切なものは “経験= experience” であり、その語源は「試みて得た知識」であるとご紹介しました。

こういった語源は、大概の電子辞書には入っている『ジーニアス英和辞典』の見出しのすぐ後にカッコ書きして書いてあります。私は語源を見るのが面白く、なかばクセにもなっていて、知っている単語であっても、「この単語の語源はそもそも何だっけ」と、しょっちゅう電子辞書で調べています。

そうすると “experience” のように、まさに自分の経験からしても納得が行くようなものや、へぇそうなんだと目からウロコの感じがするものまで(今後ぼちぼちとご紹介します)、語源はほんとに面白いです。最近は『英語語義語源辞典』まで買い込んで、ややマニアックですが、楽しんで読んでます。

英語は異文化コミュニケーションの重要なツールだと思うのですが、communicateの語源は何でしょうか? 答えは、「他人と共有する」です。

よく職場や学校で、「自分の考えを一方的に話すだけではコミュニケーションになっていない。自分の考えが相手に伝わって初めてコミュニケーションが成り立つ」といったことを聞いたりしませんか? これはまさに communicate の語源すなわちコア・イメージであり、すごく納得の行くものです。

自分が優位に立とうとばかり考えて一方的に自己主張を繰り返すばかりの人は、「私は人とコミュニケーションが取れています」などとは言えないです。相手が「なるほど良く分かりました」と理解して初めて、言えることです。

巷では、コミュニケーションという言葉が氾濫し、大安売り状態です。その語源を理解して本物の communication を心掛けたいです。

どうでしょうか。experience も communicate も語源まで知ると、あなたの頭にしっかり刻まれると思います。

「そんなことしている時間無いです」と、依然として単語帳を見て一夜漬けで詰め込んでいる人は、結局は記憶が上滑っているだけで、時間を無駄にしています。

もう一つ重要なことですが、単語の語源を調べると、その語の成り立ちがわかり、そうすると結果的に、その語に関連する多くの言葉を理解できるという利点があります。

例えば、include(含める)の語源はラテン語ですが、この単語は in- と clude に分解されます。 in- は「中へ」、clude は「閉じる」という意味です。「中へ閉じ込める」ので「含む」の意味になります。

同じく ラテン語源で、clude が付く単語に exclude(除く)があります。これは ex- と clude に分かれます。ex- は「外へ」、clude は「閉じる」の意味で、「外へ締め出す」ので「除く」となります。

同様に conclude(結論をつける)は、con- が「完全に」、clude が「閉じる」で、「完全に終わる」⇒「結論づける」という具合です。

つまりコアになる clude という部分の語義をおさえて、あとは芋づる式に単語を覚えられるわけです。これはほんの一例で、語源に着目した英単語の本もたくさんありますので、興味のある部分から読んでいくと良いと思います。